小夜啼鳥が愛を詠う

竹原さんのお父さんは首を捻って、それからうなずいた。

「毎年ささやかながら園遊会を開いているので、たぶんそちらにいらしてくださったのですね。……私も愚息も、その日は仕事関係のお客様の対応で忙しくて……おそらく、家内や娘がお相手したと思います。」

「……そうでしたか。すみません、本当に、何も覚えてなくて。」

恐縮する私に、竹原さんのお父さんは優しい笑顔でおっしゃった。

「来年、桜を観にいらっしゃいませんか?」

……これは……京都人のよくやる、本当はその気もないくせに誘うという会話上のリップサービスかしら?

瞳を見ていると、そんな風には思えない。

でも、5月の終わりに、来年の桜のお誘いって……普通は本気じゃないよね?

どっち!?

よくわらかないので、私は京都に四年間通って身につけた技を使った。

笑顔で合わせるけど実際の行動は相手にさせる、ってやつだ。

「ありがとうございます。ぜひ。……ご案内をいただけるのを楽しみにしています。」

竹原さんも、そのお父さんも、微笑を崩さなかった。

……これでよかったのかしら。

竹原さんのお父さんから2枚の名刺をいただいて辞去した。

1枚は、グループ会社や関連企業の社名と肩書きがずらずらと裏面にまで記された、会社の住所と代表番号の名刺。

もう1枚は、お名前と携帯電話だけのシンプルな名刺だった。

「竹原……かなと……さん。」

竹原要人と真ん中に大きく書かれた名前を読み上げた。

「おつかれさん。」
と、竹原さんがねぎらってくれた。

「……どうして、紹介してくださったのでしょうか。思い出補正だけじゃないですよね?取引上のことなら、私では効果ないと思うのですが。」

何となく納得できなくて、つい竹原さんにそう聞いてしまった。

竹原さんは苦笑した。

「とりあえず、顔合わせ?首尾は上々。……それでいいやん。」

「……いいのでしょうか。こんなお名刺いただいても……重いです。」

よくよく見たら、携帯電話だけの名刺の裏には携帯アドレスが手書きで記されていた。

竹原さんの眉がぴくりと上がった。

「ほんまや。やり過ぎやわ、スケベ親父。……まあ、気にせんとき。破り捨ててもいいわ。どうせ仕事でこれから絡むし、そっちはなくてもかまへんわ。」