小夜啼鳥が愛を詠う

「大変。怪我してない?……光くん、鼻緒のすげ替え、できる?」

彼女の足許にしゃがんで、光くんを見上げてそう尋ねた。

「……『たけくらべ』?やったことないけど、貸して。……でも、そのままじゃ大変だね。ホテルのヒトにスリッパを借りてくるよ。ちょっと待ってて。」

光くんはそう言って、ちょうど廊下の向こうを通りかかったホテルマンを呼びに行ってくれた。

「あの、大丈夫です。ママ……母が、そういうの、得意で。あとで、母にやってもらいます。」

彼女は申し訳なさそうにそう言った。

「……お母さま、器用でいらっしゃるのね。でも、もうすぐお式始まるんじゃない?……朝秀さんと野木さんのお式でしょ?」

彼女は、うなずいてキョロキョロした。
お母さまを探してるらしい。

「ここで待ってるほうがいい?私がお母さまをお呼びしてきましょうか?」

そう尋ねた時だった。

「いた!まいら!走っちゃいけないって……」

この声……。

振り返ると、窓越しの柔らかい木漏れ日を浴びて男性が立っていた。

整ったお顔のハンサムな中年男性だった。

切れ長の瞳がとても綺麗で……吸い込まれそう。

あ!
目が合った!

パチンと、私の中で何かが弾けた。

遠い日の記憶が、押し寄せてくる。

……危ないよ、桜子……走っちゃいけないよ……桜子……走っちゃいけない……桜子……

優しい、低い声が追って来る……

あれは……

このヒト?

……そうだ。
私、このヒトを知ってる……。

いや、でも、ずいぶん前よね?

いつだっけ?

私が、まだ……ん~?
小学生ぐらい?

あれ?

どこだっけ?

お祭りか何かで妙にテンションが上がってて……ママを探して廊下を走って……誰かが心配して私を追いかけて来てくれた。

あの時の男性?

誰?

パパじゃない。

違う。

……このヒトだと思うんだけど……。

同じ顔、同じ声……。

いやいやいや。

あれから何年……たぶん15年ぐらいたってるはず。

このヒトじゃない、か。

でも……同じヒトのような気がする……。

……誰……?



あまりにもマジマジと見つめ過ぎている気もする。

でも、まるで視線が抱擁してるみたいに、絡まって……とても、目を離すことができなくて……。