小夜啼鳥が愛を詠う

明確な言葉を聞いたことはないけれど、たぶんこれから取引を開始するんだろうな。

でも、やたら細かい資料、それもけっこう際どい部分まで書き込んだどう見ても極秘の内部資料が、こうして少しずつ漏れて来るのは……どういうことだろう。

向こうに我が社の産業スパイでもいるのか、それとも、向こうに我が社に好意的な推進派がいるのか。

いずれにしても、もし成立すればかなりの利益が見込めるだろう。

特に各種センサーの精度と知名度は、世界トップクラス。

うまく輸出ラインに載せれば世界シェア首位も夢じゃない。

なんとなくワクワクして、私も帰り支度を始めた。



帰宅後、シャワーを浴びてから、夕べのうちに作っておいた荷物を玄関に並べて、ほぼ手ぶらで出発した。

私の荷物は、パパと光くんが運んでくれることになっている。

バスで北上し、小門家到着は19時前。

程なく、学ランを肩にかついで薫くんが走って帰ってきた。

「桜子ー!ただいまー!桜子ー!」

……てか、門の外から私の名前を連呼して……

「おかえりなさい。恥ずかしいから、せめて、お家に入ってから名前呼んで?」

迎えに出てそうお願いしたけど、薫くんは首を傾げた。

「何で?今さら過ぎひん?」

「……確かに。小さい頃から、薫はさっちゃんの名前を呼び捨てで連呼してたなあ。おかえり。」
しみじみと感慨深げに、あおいさんも迎えに出てきた。

「そうねえ。いくつになったらやめるかしらねえ。……逆に、ずーっと続くなら、それはそれで立派なことねえ。おかえりなさい。」

おばあちゃんがニコニコそんなことを言うと、薫くんはうれしそうにうなずいて宣言した。

「これからもずっと!死ぬまで!」

……本気かしら。


20時前に、パパと光くんがやってきた。

パパは手土産に赤ワインとブランデーを持ってきた。

「ロマネ・サン・ヴィヴァン。……はずれ年?」
会長の成之さんがそうからかいながら、ワインを開けてくれた。

「当たり年じゃないだけ。何年か前にも一本開けたけど、美味かったよ。」

パパはそう言って、鼻を瓶に近づけた。

「……うん。飲み頃。」
満足そうにグラスにワインを注ぎ分けてくれた。

グラスを傾けるだけで、華やかで深い複雑な香りが鼻腔に飛び込んできた。