「そのつもりだとは聞いてました。このタイミングとは知りませんでした。……でも、無償譲渡じゃなくて、光くんはちゃんと代価を支払ってますから。」

ずっとバイト代を受け取らずに、奉仕してくれていた。
真面目に誠実に、パパの流儀を引き継ごうとしてくれている。
あの店を愛する客としても、娘としても、こんなにありがたいことはないと思ってる。

「……鷹揚やなあ。さっちゃんの財産が一個減るのに。」

「減るって感覚はないです。大切な家族にお願いするだけです。……そんなこと言い出したら、この会社だって……私より光くんが入社するのが当たり前で、戦力にもなりましたよ?」

私の言葉を、あおいさんがひらひらと手を振って否定した。

「やー、それは、ないない。光には一切その気ないから。……マスターとさっちゃんには、ほんまに感謝しとるんよ。光の親として。一生働くつもりないと思とった子が、使命感と責任感をもってくれて。」

そういえば、光くん、小さい頃は高等遊民志望だったっけ。

「私も感謝してます。パパの大切なお店を、光くんは大事にしてくれてるので。」
「あー!もう!イイ子!」

突然、そう言って、あおいさんは私をハグした。

「え?わ……あおいさん……あの……え?」

びっくりしたけど……うれしかった……。

「ずるい。」
社長が苦笑いしてる。

「頼之さんは、あかんで。上司として、舅として許されるボディタッチは、肩ポンまで!」

あおいさんがそう言うと、社長は肩をすくめた。

「あほか。ずるいんは、それじゃないわ。……なんで、あおいは名前で、俺は役職なんや?」

……あ……それ?

「何ゆーとるんだか。頼之さんかて、実のお父さんのこと長いこと役職でしか呼んであげへんかったやん。」

あおいさんにそう言われて、社長はしょんぼりした。

「因果応報、か。」

……そんなに、役職呼び、嫌なのかしら。

「あの……おっしゃっていただけたら、ご希望の呼称に改めますが……。」

そう言ったら、社長は照れくさそうにうなずいた。

「ありがとう。薫と結婚したら、おとうさん、な。……それまでは……我慢する。」

「やせ我慢。かわいー。頼之さん。」

あおいさんが、キャッキャとはしゃいでそうはやし立てた。