こんなところで……そりゃ、目立つよね。

身体をよじって逃れようとしたけど、薫くんはがっちりと私を捕まえたまま。

「薫くん……ヒトが……」

そう訴えたけど、唇もふさがれてしまった……薫くんの唇で。

……ダメ……ダメなのに……。
力が抜けていく……。

やっと解放されると、私はそのまま崩れるようにぺちゃりと座った。

全身の力が入らなくなってしまったようだ。

「よし。泣き止んだ。……うん。そんな顔しとって。」

私を見下ろして満足そうにそう言って、薫くんはまたグラウンドに走って行った。

残された私は、呆れてるだろう佐々木コーチの視線が怖くて、立ち上がろうとした。

けど、やっぱりまだ腰が立たなくて……。

「かまへん。座っとき。別に自分は立ってる必要はない。……思い出したわ。小門先輩が、あの強い、たくましい吉川を姫扱いしとったんを。」

「……今でも、です。うらやましいぐらい、大事にされてはりますよ。」

そう言ったら、佐々木コーチは苦笑した。

「自分らも充分やと思うで。……薫、自分以外の女にはめちゃクールやん。自分も、薫の前でだけは、簡単に泣くんや。わろたわ。」

……笑われたんだ……。

「すみません。以後、気をつけます。」

私は一応そう謝って、もう一度、立ち上がろうとした。
今度は、ちゃんと立てた。

けど、佐々木コーチはまた笑った。
「……無理せんでええのに。」

「いえ。がんばります。泣いたり弱音を吐くのは、薫くんの前だけですから。」

そう言ったら、力が湧いてきた。

ここまで来るのに、何年かかっただろう。

もう、誰に対しても、隠す必要もない。

しかも、ただ見てるだけじゃなくて、薫くんのお手伝いができるなんて、こんなにうれしいことはない。

就職するギリギリまで、出来うる限りのことをしよう。

……まあ、就職したらしたで、薫くんが入社した時のために、会社でがんばるつもりだけど。

幸せだなあ。

大好きなヒトのために、すぐそばで尽力できる幸せ。



「桜子ー!ポカリ!!」

薫くんが駆け寄ってくる。

誰はばかることなく、私の名前を叫びながら……。


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第11章2節「光くんと桜子の学外キャンパスライフ」でした。

3節は、翌年4月からのスタートです。