小夜啼鳥が愛を詠う

「ほう。……じゃあ、もしかして、さくら女の名前のルーツはこの木だったりして。」

野木さんにそう言われて、私は首をかしげた。

「……でも、桜子ちゃんには孤独は感じないなあ。むしろ、桜の園の真ん中で大切に育てられてる可憐な枝垂桜みたいなイメージ。……聞いてみれば?どこの木を思い浮かべたのか。」

春秋先生の問いかけは、私の宿題となってしまった。




「春秋先生、ありがとうございました。野木さん……。」

夕方、駅まで送ってもらったんだけど……それ以上、言葉が出ない。

「……さくら女?泣く?泣く?」

野木さんにそう揶揄されて、確かに潤みかけていた涙は引っ込んでくれた。

「泣かない。またすぐ会えるもん。あと3週間。椿さんの初舞台公演、一緒に行くんだもん。……でも、今までみたいには会えないから……。」
言ってるうちに、やっぱりまた涙がこみ上げてきた。

「まあ、逢いたくなったらいつでもおいで。うちは365日24時間ウェルカムだから。土日に泊まりに来てもいいし。」
春秋先生はそう言って、私に手を差し出した。

……握手?

私も手を差し出すと、春秋先生はうれしそうに握手した。

白い長い骨ばった指がとても綺麗だった。



電車を乗り継ぎ帰路に着く。
まっすぐ帰宅せず、パパのお店へ向かった。

「やあ。さっちゃん。おかえり。野木さん、元気だった?」

いつも通り、私がお店の前にたどり着く前に、光くんがドアを開けて迎えに出てくれた。

「ただいま。そうだ!大ニュース!あのね、野木さん、元々の志望大学に追加合格したんだって!」
「え!?それはよかったねえ。」

光くんはニコニコしていたけれど、2人の特別な関係を思わせる反応は全く見られなかった。
……ガード固いわ……あいかわらず、私には。

「もうすぐ薫も来ると思うよ。どうぞ。」

光くんにいざなわれ、純喫茶マチネへ。

「おかえり。さっちゃん。京都は楽しかった?」
パパの笑顔はちょっとぎこちなかった。

「うん。あ!ねえねえ。パパ。私の名前、どこの桜?」

「へ?……桜は桜だよ。……やだねえ。そうやって、どこの桜だの、品種だの……京都はこだわりすぎ。」

パパは顔をしかめてそう言った。

……どうやら、パパに聞くべきではなかったようだ。

私はそれ以上は何も言わず、光くんがくれたお水のグラスに口をつけた。