春が来た。

幸せな門出なのに、淋しい春。

満開の桜を見上げると泣きそう。


「……行っちゃった。」
もう何度、その言葉を呟いたろう。


「行っちゃったねえ……」
「薄情だよね……見送りもさせてくれないんだから。」
野木さんと光くんは、明田先生のパリ移住を一緒に嘆いた。


「近いゆーても、遠いわ。京都。」
薫くんは、引っ越した御院さん一家との距離が歯がゆいみたいで、何となく元気がない。


「……いや、まだ、いるし。てか、ずっといるし。」
椿さんだけは元気に仁王立ちしてそう返事してくれた。

「寮に入らないの?」

一年遅れで音楽学校に合格した椿さんは、これから始まる厳しい日々に臆することもなく、キラキラ輝いていた。

「通えるもん。送り迎えしてもらうもん。」
「……親御さん、大変ね。」

そう言ったら、椿さんはしれっと言った。

「学校の近くにマンション買って、家事に通ってもらうよりマシでしょ。」

……自分で家事するって選択肢はないのね。
まあ、そんな暇あれば、お稽古すべきなのかな。

「なんなら、うちのママが、送り迎えしたげる!って言ってたよ。」

ママは、早くも付き人のつもりらしい。

「え?いいの?うれしい。……受験が終わったら桂介(けいすけ)も免許取るだろうけど……さすがに送り迎えしてもらうのはまずいよね。」

椿さんは、菊地先輩のことを名前で呼び始めた。
仲よさそうで微笑ましい。

「それはまずい。ダメ。夢を売る職業につくわけだから、今まで以上に自重すべき。」

野木さんは憮然とそう言ってから、椿さんに箱を渡した。

「これ。合格のお祝い。」

「え!?……ありがとう。いいの?……びっくりした。なに?」
椿さんは恐る恐る受け取った。

「うん。これは、さくら女に。」

何と、野木さんは同じ形状の箱を私にもくれた。

「……私にも?……私は普通に高2になるけど……。」
「うん。わかってる。同じクラスにもなれたし、お祝い。これからもよろしく、って感じ。」
「こちらこそ、よろしく。てか、ありがとう。開けてみていい?」

椿さんと首を傾げ合いながら、とりあえず開封させてもらった。

シンプルな紙の箱を開けると、そこには美しい絵皿が1枚。

あ!
これ!

「手描き?野木の?……めっちゃ綺麗やけど……売れるレベル。」

椿さんは褒め言葉でそう言ったんだと思う。
でも、野木さんは引きつった。

「売るな。……いや、いずれ売ってもいいけど、今じゃない。野木が成功したらもっと価値が上がるから。……いやいやいや、そうじゃなくて!」
「確かに価値は上がるね。これ、朝秀先生の窯で焼いたお皿でしょ?去年の秋。」

お皿を取り上げてひっくり返すと、そこには朝秀窯とちゃんと記されていた。

……これだけでも、すごいことなのに……。