「あ……桜子さん。」
「こんにちは、御院さん。この辺り、ごちゃごちゃしててわかりにくいでしょう?御案内いたしますよ。」

そう言ったら、御院さんは困ったような顔になって……それから、諦めたように息をついた。

「ありがとう。……そうやなあ。これも、ご縁なんでしょうなあ。桜子さん、今、お時間はありますか?もしよろしければ、私と同席してくれはりませんか?」
 
同席?
食事か何かかしら?

「はあ。……で、どちらへ?」

そう尋ねると、御院さんは迷いのない目でおっしゃった。

「純喫茶マチネという喫茶店で、小門成之さんとお会いいたします。」
「え!これから!?……ですか……。」

はああああ。
それは確かに……同席したいかも。

私は興味津々でうなずいた。
 
「わかりました。あ、純喫茶マチネは、私の父の店です。どうぞ。こちらです。」
「……そうでしたか。」

もしかして、この会談は玲子さんに報告してないんじゃないのかな。

いかにも緊張している御院さんを案内して、私は父の店のドアを開けた。

ドアには「CLOSED」のプレートがかかっていた。
 
「パパ~?お客さまよ。」
そう言いながらお店に入る。
 
「さっちゃん。今日は貸切なんだけど。」
パパが苦笑まじりにそう言った。

「貸切なんだ。……こちら、藤巻さん。玲子さんの婚約者。成之さんと待ち合わせしてるんだって。」

私はそう言って、御院さんを手招きした。
 
パパの表情がすっと改まった。

「はじめまして。藤巻と申します。失礼いたします。」

物腰の柔らかい上品な御院さんに、パパはホッとしたようにほほえんだ。

そして、エプロンをはずしてカウンターから出て来て、御院さんに挨拶した。

「ようこそおいでくださいました。はじめまして。古城です。桜子の父で、玲子の……幼なじみです。この度は、玲子のこと、ありがとうございました。」

パパがそう言うと、御院さんは
「え……幼なじみ……」
と、絶句した。

玲子さんてば、ほんっとに何も言ってなかったのね。

「ああ、それで、玲子さんは桜子さんとも仲良しやったんですねえ。随分、年の離れたお友達やと思っていました。なるほど。そうでしたか。」

真面目にそう仰った御院さんに、パパの笑顔が引きつった。

てか、私も……今さらながら、御院さんの浮き世離れっぷりに驚いた。

そっか。
こういうところが、玲子さんと喧嘩にならないでいいのかもしれない。