小夜啼鳥が愛を詠う

よく見ると、藤巻くんは猛スピードで寺務所へ突進していた。
本気のダッシュみたい。

てか、藤巻くんだけじゃなくて……何となく、みんな、バタバタしてる?

車は、誰に咎められることもなく進み、なんと普段使ってない「御成口(おなりぐち)」と呼ばれる大玄関の車寄せに堂々と停まった。
 
「御成口って、賓客用なのに、知らないのかな。」

そうつぶやくと、薫くんが声をあげた。

「違うわ!桜子!めっちゃ賓客や!ほら、あれ!猊下や!うわ~~~!」
 
薫くんは、ダーッと走り出した。

「猊下って……坂巻さん?え?!マジで?」

び、びっくりした!

確かに、言われてみれば……そういうことか。

なるほど、寺務所から御院さん以下、たぶんほぼ全員の職員さんが出てきて坂巻さんを迎えるらしい。

私も遅ればせながら、そろそろと向かった。

すると、かなり先へ行ってた薫くんがピタリと止まった。

ん?
どうしたのかな?
 
薫くんは、くるりと身を翻し、今度はこっちに向かってダッシュ。

「どうしたの?忘れ物?」
 
そう聞いたら、薫くんは私の手を素早く取った。

「うん!桜子忘れとった!……ほっといてコケたら大変や。行こう!」
 
薫くんはそう言って、きびすを返して、私の手を引いた。

さっきより明らかにスピードを落として走る薫くん。

……うれしい……。

こんなに寒いのに、心があったかい。

つないだ薫くんの手の冷たさが、ただただ愛しくて……。

私は、このひとときを大切に大切に抱いた。



この日の坂巻孝義さんは、この間、朝秀先生のアトリエでお会いした時とまるで別人だった。

終始やわらかい笑みを絶やさず、まるで皇族か王族のように貴い物腰でねぎらいのお言葉を職員一人一人にしてらした。

そして、私たちボランティアの面々にも
「ありがとうございます。これからますます寒くなりますが、お身体を大切になさってください。」
と、丁重におっしゃって、去っていかれた。
 
どうやら、御院さんと寺務長さんと共に、山頂の御堂をお参りし、洋館へも足を向けられたらしい。


「昨日御院さんが面会を申し込んだことを本部の職員さんから聞いて、出張帰りに寄ってくださったんだって。本当に、ありがたいことだわ。」

留守番の玲子さんはそう言ってたけど、その顔がかなりこわばっていた。

緊張してるみたい。

……そりゃそうよね。
2人の進退がかかってるんだもんね。

坂巻さんが、うまく取りはからってくださるといいんだけど……。