「本多正信?誰?……てか、さっちゃん、歴女ってやつ?変なこと知ってるのね。」

玲子さんにはそう言われたけど、他のヒトには通じたらしい。

藤巻くんが玲子さんに説明して、苦笑した。
「徳川家康の昔からの家臣ですよ。開幕して、秀忠に将軍職を譲った家康は本多正信の息子の正純を連れて駿府に暮らし、頼りない秀忠には本多正信を付けたんです。……て、それでいくと、俺は正純ってこと?確か、正純は、正信の死後、失脚して改易させられたような……。」

「いや。藤やんは、猊下の養子になるねん。」
まるで確定事項のように薫くんが言った。

慌てて藤巻くんが薫くんをたしなめた。
「あかんて。そんなことゆーたら。御裏方さまのご健康と懐妊を祈ってるんやから。」

薫くんはまだ何か言いたげだったけど、あきらめたらしい。

それでは、と私が引き継いだ。
「とりあえず、ダメ元で、異動の意志を伝えてみてはいかがですか?藤巻くんのことはおいといて、御院さんは即戦力として歓迎されそうな雰囲気でしたよ?」

御院さんは、玲子さんの反応をうかがうように見た。

玲子さんは肩をすくめて見せたけど……困っても、呆れてもいなかった。
もちろん、手放しに喜んでる風には見えない。
ただ、御院さんを見つめた瞳に乙女のような期待とためらいを感じた。
これまでの経験が、そう簡単にいくわけない、と用心させるのだろうか。

御院さんは、そんな玲子さんの怯えさえ包み込むように、そっと玲子さんの手を両手の中におさめた。

慈しみの心……。
情熱的な恋愛というよりは、穏やかな優しさ?
それとも、御院さんのお人柄なのかな。

玲子さんの瞳が潤んだ。

泣く!?

ドキドキ見守ってると、再び薫くんが私の手を握った。
ギュッと握ると、薫くんがうれしそうにうなずいた。
つられて、私も笑顔になった。

御院さんは、玲子さんの涙を指でそっと拭った。

「ごめんな。私が不甲斐ないばっかりに、玲子さんにつらい想いさせ続けたんやなぁ。もっと早く決断すべきやった。……今さらやけど、異動の希望を出してみるわ。ココから逃げ出すみたいで情けないけど……ついてきてくれるか?」

「すみません。私のせいで。」
玲子さんはそう言ってから、うつむいた。

……いや、うなずいたのか?

よくわからない。