小夜啼鳥が愛を詠う

破傷風?

指を詰めて、破傷風?


……想像するだに……痛いよぉ……。


「つまり、ほんまの父親はわからんまま、ってことか。それをまあ、うちのお人好しの父親が、自分の子ぉやと信じ込まされて引き取ったわけね。……私は、誰に感謝したらいいんやろ。」


苦笑まじりにそう嘆いて、光くんママはソファに身を沈めた。


「感謝?……ですか?」

坂巻さんが不思議そうに聞いた。


「ええ。」


光くんママは、傍らに立つ光くんに手を差し出した。


まるで壊れ物を扱うかのように恭しく、光くんはママの手を取った。


美しい……まだ女性としても充分に若々しく美しい光くんママと、男性としては異例の美貌の光くんは……どう見ても母と息子には見えなくて……


「……ありがとう。」


……ただ一言の謝辞だけど、それが光くんの言葉じゃないことは、ビシバシと伝わってきた。


光くんママは、泣きそうな顔になった。

「彩瀬……。」


……彩瀬さん?

今、光くんのなかに、いるの?


じゃあ光くんは?

彩瀬さんの降臨中、光くんはどこにいるのだろう……。


身じろぎもできない私たちを、光くんの姿の彩瀬さんはぐるりと見回して、会釈した。


確かに、いつもの光くんじゃない……気がする。

どう違うかと問われるとうまく説明できないけれど、何となくそんな気がした。


……瞳の奥に見え隠れする人格や、仕草、物腰……かな?


「感謝って、幸せだね。」


あ。

声もちょっと違う気がする。

光くんよりほんの少し低くて、柔らかい声。


「ありがとう。」


心に沁みいる声が、小さく消えてゆく……。

彩瀬さんの存在も消えちゃうのかな。

成仏するのかな。


声になるかならないかの吐息で、坂巻さんがお経だかお念仏だかを唱えているのがわかった。


ああ……消えちゃうんだ。


光くんママが、瞳を真っ赤にして、でも、光くんの手を離した。


彩瀬さんが極上の笑顔を残して消えていく……。

と、そのとき、私のすぐ後ろから薫くんが叫んだ。

「またな!」


また?

びっくりして振り返った。


薫くんは平然としていた。


まるで友達か親戚に、帰宅の辞去でもするかのような「またな」だった。


彩瀬さんはうれしそうに薫くんを見て、そうして、たぶん消えて行った。


「……憑きものが落ちた、って、こういう感じ?」

飄々とそう言ったのは、いつもの光くんだった。


「光か。」


坂巻さんがそう確認すると、光くんはうなずいた。


そして、薫くんに苦笑いしてみせた。

「彩瀬パパ、消えるつもりだったのに、薫が余計なこと言うから、喜んじゃったよ。たぶんまた来るよ。」

え……。