「それも考えたんやけど、まあ、一年やり過ごしたら薫も入学するし。……越境となると、送り迎えが必要でな。タイミング悪く、社長があおいを自分の秘書にするとか言い出しとるし……。」

あ。
夕べ、パパがそんなこと言ってたっけ。

てか、自分のお父さんのことを、社長って呼ぶんだ。

「同じ会社で、ご夫婦で働くんですか?素敵ですね。」

光くんのおじいちゃんの会社は、歴史もあり、規模もそこそこ大きい。
パパのお店をママが手伝うのとは訳が違うようだ。

光くんパパは苦笑した。
「俺は営業の平社員で、あおいは社長秘書やけどな。あおいも、はしゃいどるわ。オフィスラブ体験するねんて。アホらしい。そんな暇あるか。」

照れてる照れてる。

光くんパパは、コーヒーを飲み干すとすっくと立ち上がった。
「マスター、ごちそうさま。また来るよ。」

パチンと五百円玉をカウンターに置いて、光くんパパは私のパパにそう言った。

「……なんか……胸熱~。頼之くん、昔の小門みたい。や~、血は争えないな。」

パパはそう言ってから、私にいたずらっ子のような笑顔を向けた。

……わざとそんな言い方をして……パパと私が血縁じゃないってことをタブーにしたくないのかな。

光くんパパは、パパと私を見て、うっすら微笑んだ。

「俺にとっては、未だに、社長よりマスターのほうが、父親みたいな存在やけどな。」

え!?
どういう意味?

まだ、何か、ややこしい関係があるの!?

驚いて、パパの顔を見た。

パパの笑顔が心なしか引きつった。

「頼之く~ん。桜子が、なんか、怖い目で見てるんだけど。」

光くんパパは確信犯なのか、ニヤニヤ笑って会釈して、お店を出て行った。


えーとー……。

「パパは、光くんのおばあちゃんと家族だったの?」
思いついた可能性はソレだった。

でもパパは、首がちぎれるんじゃないかってぐらい、ぶんぶんと首を横に振った。

……怪しい。
いや、今さら嘘はつかないだろうけど、なんかまだ隠してる気がした。

ま、いいか。


夕べから、たくさんの知らなかった事実を突きつけられて、私は妙に鷹揚になった気がする。
投げやりな気持ちじゃなくて……うーん……寛容?

とりあえず、うちは、普通の家族じゃないらしい。
光くん家も、普通じゃないみたい。
そして、光くん自身も、普通じゃない。

でも、普通じゃないことは、悪いことじゃない。
普通じゃなくても、うちも、光くん家も、幸せ家族だって胸を張れる。
光くんのことも、普通じゃなくても、大好き。

それでいいや。