朝秀先生はうれしそうに笑った。
「えー、桜子ちゃん、知ってたんや!……それで、さっき、壁を見上げてたんや。あー、びっくりした。桜子ちゃんも幽霊とか見えるんかと思った。」

……も?
幽霊が見えるお友達がいるんだ。

「光くんの弟の薫くんが、あの山で小さい頃からよく遊んでたんです。光くんそっくりなので、私もあの絵が大好きだったんですけど……このかたは?どなたですか?」

朝秀先生は、無言で分厚いファイルを出してきた。

古文書と言えそうな古いお帳面を撮影した画像をパラパラめくって指し示したのは……名簿?

1人につき3行ほどの情報量しかないけど、名前と年齢が書いてあることに気づいた。

「五条楽園、つまり旧七条新地っていう京都の遊郭の芸娼妓名簿や。彼女の本名はあや、源氏名は彩瀬。扇屋っていう置屋にいたそうや。たぶん、吉川彩瀬は、この扇屋の彩瀬の息子やと思う。」

……え……?

「どういう意味ですか?……だって、光くんのママのおじいちゃんとおばあちゃん、ちゃんといるのに……。」

おじいちゃんの転勤で山口の宇部に住んでらっしゃるけど、ちょっと病的なぐらい光くんを溺愛してて……。

朝秀先生は、肩をすくめた。
「さあ。その辺の事情は、よぉわからん。けど、この資料のこのページだけをわざわざ複写請求した人が、俺の他にもいてん。……誰やと思う?」

だれ……?

「明田先生……じゃないよね?」
「明田さんにとって大事なんは、吉川彩瀬だけや。扇屋の彩瀬の存在は知らんやろし、知っても興味持たん思うわ。」

朝秀先生はそう言ってから、ファイルをさらにめくって、複写申込書のコピーを見せてくれた。

……そこに記載された請求人は……「小門あおい」。

「光くんのママ……。」

つまり、本当に扇屋の彩瀬さんは、吉川彩瀬さんと無関係ではない?

「じゃあ、光くんのママも?扇屋の彩瀬さんの子供?……それとも、吉川彩瀬さんは養子?」

半信半疑でそう尋ねると、朝秀先生は首を傾げた。

「わからん。でも、明田さんは、光くんに吉川彩瀬を重ねてはる。……たぶん明田さんの思い込みじゃなくて、ほんまに吉川彩瀬が光くんに降臨するんちゃうかな。」

降臨……。

ドキッとした。
だいぶ前に、光くんのパパが言ってた。
光くんに憑依するのは、光くんの実の父親だって。

……えーと、えーと、えーと……。

つまり、吉川彩瀬さんが光くんの実の父親?

え?

……ってことは?
光くんのママはお兄さんと……愛し合って……光くんを産んだ?
それって……近親相姦……?

足元がぐらりと揺れた……気がした。
立っていられず、私はずるずると滑り落ちるようにへたり込んだ。

ダメだ。

重すぎる……。