「桜子!いいとこ、連れてってやる!来い!」
顔を合わすなり、5歳児の薫くんはそう言って私の腕を小さな手でぐいぐい引いた。

……また~?
せっかく、久しぶりに光くんに逢えたのに。

「光くんも、行く?」
さりげなく、あくまでさりげなく、聞いてみたつもり。

「うーん。あーちゃんが忙しそうだから、手伝いたい。……さっちゃんに薫の面倒見るの頼んでも、いい?」
光くんは天使のような美しいお顔で私にそう聞いた。

それって質問の形をした命令だわ。
私が、光くんのお願いを断れるわけがない。

ちなみに、あーちゃんは、光くんのママのこと。
小門(こかど)あおいさん、なので、「あーちゃん」らしい。

……光くんと私より、5つも年下の薫くんが普通に「ママ」とか「おかあさん」と呼んでるのに、光くんは絶対に「あーちゃん」としか呼ばない。
やっぱりマザコンってことなんだろうな……間違いなく。


「桜子!早く!早く!」
薫くんは私を引っ張り、小門家の広い玄関で靴を履いて、ぴょんぴょん飛び跳ねた。

「薫。さっちゃんは女の子なんだから、ちゃんとした道を案内したげなよ。藪かきとか、崖をよじ登るとか、させちゃダメだよ。」
光くんが薫くんにそう釘を刺してくれた。

私は、光くんが私を気遣ってくれたことに、舞い上がった。

女の子って言ってくれた!
ちゃんと、女の子って思ってくれてるんだ!

「わかってる!桜子!行くで!」
薫くんはお兄さんの光くんにそう言って、まだ靴を履いてる途中の私の手をギュッと握って引っ張った。

「わ!待って待って!……行ってきます!光くん!」
「気をつけて。さっちゃん。光。」

ひらひらと手を振る光くんのほほえみに、後ろ髪を引かれつつ……私は薫に手を引かれて飛び出した。


光くんと薫くん兄弟は、私の幼なじみ……になるのかな?
親戚ではないけれど、私のパパと、彼ら兄弟のパパのパパ、つまりおじいちゃんが学生時代からの親友で、光くんとは0歳児の頃から、折りにつけ、逢っていたらしい。

凡人の私はほとんど覚えてないけど、天才と言っても過言ではない脳を持つ光くんは、初対面の頃から私のことを記憶してると言う。

何でも、お腹をすかせて泣いていた私が、粉ミルクを嫌がって、光くんのママの母乳を吸わせてもらったことがあったそうだ。
ママに対する執着心の強い光くんは、当時は私に対して怒りすら覚えたらしいけど、次第に私を乳兄弟のようなものと思うようになったそうだ。

……なんか……いろんな意味で、微妙~。