「詞織」


優しい響き。誰かに呼ばれる事で、わたしは自分の名前を好きになった。


この世界で1番わたしの名前を呼んだのは、お父さんだ。それは朔にも負けないよ。


“田山彰”という人を『お父さん』と1番多く呼んだのは、わたし。


嬉しいね、なんか、そんな事で。


わたしには何も誇れるものがないけれど、ただひとつだけ、自慢できる事がある。


わたしの名前――詞織の『詞』には『ことば』という意味がある。


伝えたい事を伝えるためのことばを

零れそうになる気持ちを乗せるためのことばを、大切に出来るように。


そんな意味を込めて、お母さんとお父さんがくれた名前。


でも、ごめんね。

わたしはいつも、伝えられない事が多かった。


病気だからって、今日明日死ぬわけじゃないからって、いつも一歩躊躇っていた。


こうして、何も伝えなかった事を、後悔する日が来ることを知っていたのに。