「神田」と珍しく俺に話しかけてきたので、俺は空になった缶を手に持ったまま「はい」と返事をして彼の方を向いた。


「最近、仕事のミスが目立ってる。なんか悩み事でもあるの?」

「あ…………、すみません……」


うわ〜、バレてる。
小さなミスを頻発して、どうにか取り繕ってきたけれど。どうやらこの先輩には全てを見透かされているらしい。


「トラックの手配の台数とか、ドライバーのルート変更の電話とか、頼んでおいた杉下林業の過去3年分の集計とか、ほんと基本的なミス」

「す、すみません」

「プライベートなことならさっさと解決してね」

「そ、それは……」


解決するには時間がかかりそうです、と言いかけてしまって慌てて口をつぐんだ。
そんな俺の様子を、須和さんは怪訝そうな表情で眺めている。
即座に言い訳じみた言葉をあてがった。


「いえ!解決したい気持ちは山々なんです、本当に!でもこればっかりは俺の力ではどうにもならないっていうか……」

「なにそれ。どんな問題なわけ?」

「えーっとですね…………、えーっと、えーっと…………。毒の濃いゲス男から姫を助け出す……みたいな」

「…………頼むから厄介なこと仕事に持ち込まないで」


須和さんの言っていることはごもっともである。
仕事とプライベートは別物であり、一緒くたにしてはならない。
それが出来ない俺は社会人として失格であるということは間違いない。


この人に事情を説明したらどうなるだろう。
後輩の相談(しかも恋愛)なんて聞いても、気の利いたことは言ってくれなそうな気もする。
だけど最上のように嫌味を言ってくることは無さそうだし、なにより口が固そうだし、試しに相談してみるか━━━━━。


俺は思い切って顔を上げて目の前に佇む先輩のボーッとした顔を見つめ、「実は……」と話をしようと口を開きかけた。
ところが俺が話をする前に須和さんは左手を突き出してきて、「待って」とストップをかけてきた。
なんだなんだと目を丸くしているうちに、ボソッとつぶやくのが聞こえた。


「悪いけど面倒なのに巻き込まれたくない。とりあえずここでモジモジしてる暇があったら仕事に集中して。俺はミスさえ無くなればそれでいいから」

「………………は、はい……」


だ、ダメか。やっぱり。
ガッカリしながら返事をした。