「俺は奈々と付き合うまで、貯金らしい貯金をしてなかった。……だから必死に貯めてたんだ、俺なりに節約して。でも、まだまだ全然足りない。2年やそこらじゃショボい額しか貯められなかった。だから結婚話を出されても営業として一人前になってから、なんて言い訳して……。でも、それでも……」


いったん、言葉を切る。
奈々に呆れられたような顔をされていたら、もうこの時点でアウトだ。
チラッと彼女を見やると、まだ驚いたような顔をしたままだった。
どうやらプロポーズの衝撃の余韻が残っているらしい。


「それでも、やっぱり結婚したいと思ったんだ。さっき赤ちゃんを抱いた時に泣いたのは……、家族っていいなって思ったからなんだ」


どちらかと言えば情に脆い俺は、テレビドラマの感動シーンでも簡単に涙を流す。
それでもこんな風に泣く自分に、嘘はつきたくなかった。


ギュッと拳を握りしめて彼女を真正面から真っ直ぐに見つめた。
誠心誠意の心を込めて、ありったけの想いを、彼女に━━━━━。


「貯金は少ない。だけど、頑張って仕事して稼ぐ。車を売ったっていい。奈々の結婚プランを少しでも多く実現出来るように努力する。好きなドレス着て、好きなものを並べて、幸せな結婚式をさせてやりたい。死ぬまで君を愛し続ける。だから、俺と……」


奈々の顔がみるみるうちに赤くなっていくのが分かり、自分でも死ぬほど恥ずかしい思いに駆られた。
でももう止めようもない。
むしろ止められたら穴に入って立てこもろう。


「奈々、俺と……、家族になって下さい」


彼女の大きな目から、涙がポロッとこぼれる。
世界一綺麗な涙だと思った。
奈々は笑って、細い指で涙を拭いながら何度もうなずいた。


「はい。よろしくお願いします」