突然、神田さんに食事に誘われた。
それは、毎朝せっせと清掃活動に励む彼にコーヒーを出した時のこと。
「あのさ、もし良ければ、今度一緒に食事でもどうかな?」
まさか、そんな。
これといってたくさん話したりする仲でもなかったし、食事に誘われるなんて一体どういうことなの?
笑顔を向けていたはずなのに、自分でも分かるほど凍りついた。
なんとなく思っていたのだ。
この人は真面目そうだし、営業課の山下さんとは違うだろう、と。
軽い気持ちで下心をチラつかせるような人じゃないと決めつけていた。
だから戸惑ってしまい、つい警戒心丸出しの言葉を返してしまった。
「それは…………、どういう意味で言ってますか?」
「え?」
神田さんはすぐにあたしの剥き出しにした警戒心に気づいたようで、違うよ、とでも言いたげに微笑んだ。
「いつも美味しいコーヒーを淹れてくれるお礼をしたいんだ」
えっ、お礼?
なんだ、勘違いしてしまったのか……。
とんでもない思い違いをしていた自分が恥ずかしい。
自意識過剰になっていたらしい。
だけど、ついこの間彼のことがタイプだと豪語していた彩のことが気にかかる。
「神田さん……人気あるじゃないですか。2人で歩いてるところなんて見られたらなんて言われるか……」
「え?俺が?誰に人気だって?」
「じょ、女子社員です……」
「それは無い無い!俺、ぜーんぜんモテないから!ずっと彼女もいないし!」
あまりにも全力で否定されたので、疑ってたこと自体が馬鹿らしくなって思わずクスクス笑ってしまった。
彼はどうやら顔だけじゃなくて性格も可愛いらしい。
途端に警戒心は緩み、もっとちゃんと話したら楽しいかもしれないと思い始めた。
恋愛とかそういうことじゃなく単純に会社の先輩後輩として、話してみたいと思ったのだ。
あたしは彼と食事に行くことに決めた。
「私、春からこっちに引っ越してきたばかりで美味しいお店とか知らないので……良かったら教えて下さい」
「う、うん!もちろん!」
「そうだな〜、大人の男の人が好きそうなお店がいいです!」
「大人?うん、分かった!」
あたしの知らないお店も沢山知っているだろうし、美味しくて落ち着いた雰囲気のお店ならいつか課長を誘ってみてもいいかもしれない。
神田さんと話しながら、あたしの頭は課長のことを考えていた。