あまりに幼くて、よくわからないうちに漠然としてしまった想い。

なんの接点もなく過ごした中でも、聖美はいつも勇樹の姿を追っていた気がする。

それは、注意されているところばかりだったけれど。

本当はもっと早く歩けるだろうに、聖美に歩調を合わせてくれるところ。
いつもの早口を、聖美用にゆっくりしゃべってくれるところ。
手をつないで、いつも車道側を歩いてくれる。

そんな些細な優しさが嬉しい。

こんな自分を『好きだから』と言ってくれた、そんな勇樹を嬉しく思う自分がいる。

実際には“勇樹のために”焼き上がったケーキがあって、聖美は微笑みながら、そのケーキを食べた。

「うん。好きだな」

そう言うと、聖子はくしゃりと聖美の頭を撫でる。

「だろうと思った。じゃなきゃ、こんなに必死にケーキなんて作んないわよね。甘いもの好きでもないくせに」

「や。嫌いじゃないよ?」

「好きでもないでしょ」

「まぁ、そうだけど」

家族で一番甘党なのは、父だ。聖子と聖美はケーキは嫌いではないが、特に好きでもない。

「にしてもよかったわ。このまんまじゃ、一生恋愛しないで過ごすかと思ってたし」

「へ?」

「あんたが男の子のことで、目を輝かせてるのなんて見たことないもの」

聖美は瞬きをして俯いた。よく、わからない。

その時、唐突に父が開いていた本を閉じる。

「よし。聖美。彼へのプレゼントケーキはブッシュ・ド・ノエルにしようじゃないか?」

「ぶっしゅ、ど、のえる?」

「昔、ケーキを買えない恋人同士がね、切り株をケーキに見立ててクリスマスを祝ったという話しがあってだね」

聖美は目をパチパチさせて顔を上げる。

「聖美はロマンチックだとは思わないかね?」

ニコリと微笑む父こそが、ロマンチックだった。