「またね。」

「...。」

美穂(ミホ)は俺に背を向けて歩きだした。

だけど、すぐに振り返って俺に手を振る。

行くな。

心が叫ぶ。

でも俺は、笑って手を振り返す。

前を向いて歩き出す美穂はもう振り返らない。

涙が一粒、こぼれ落ちた。___________


   【2年前】

「今日から新学期か...」

グラウンドの隅、たった一本の桜の木を見上げた。

今日から俺、平井 拓(ヒライ タク)は高校二年になった。 

と、言ってもほとんど学校には来ていなかった。

ほんとは今日も来るはずじゃなかったのに、担任に言われて仕方なく...

「やっぱ、帰ろう。」

校舎を見つめると何故が後ろめたくなる。

俺はここにいては行けないと言われているように。

お前はここにいるべきではないと、心が言っているように。

桜の木を横目に歩きだしたその矢先、突然誰かに腕を掴まれた。

振り返ればそこには俺と同じ制服の女が立っていた。

「なんですか。」

そっけない返事をしながら立ち止まった。

その女は下を向いたまま黙っている。

「用がないなら行きます。」

俺は再び歩きだそうとする。

「あ、あの!!」

そうしたら女は突然大きな声を出して顔を上げる。

ドキッとした。

黒い髪が胸の下あたりまであり、少し垂れ目なこの女のことを俺は知っていた。

だけど、どうしたって名前が思い出せない。

「なに。」

平常心を保って言葉を発する。

心臓はバクバクと大きく速く波打って、息が苦しい。

その女はまた下を向いたが、はっきりとした口調で話し出した。

「ひ、平井君は来ないの?
 みんな、平井君のこと待ってると思うんだ。
 心配してると思うんだ。」

「なんでお前にそんなことが分かるんだよ。」

速い心臓はより速く脈打つ。

なんで名前知ってるんだよ。

なんで、初対面なはずのこの女は俺のことを知っている。

浮かんでくるのはそんな疑問ばかりで頭が混乱する。

「すぐになんて言わない。
 でも、平井君のことを思っている人がいること忘れないで。」

その女は、今度は俺をはっきりとみつめそう言った。

「じゃ、私。行くね。」

女はそう言って俺に背を向けて歩きだした。

「まっっ待て!!
 お前、名前なんて言うんだよ!」

俺の言葉に立ち止まった女は振り返った。

「白百合!!白百合 美穂(シラユリ ミホ)!」

そう言ってそいつはまた歩きだした。

俺と白百合という女の間に春の風が吹いた。______