急に開けた視界。
一瞬眩しくて見えなかったが、数メートル先に包丁の刃先を自らの首に押し当てる少女の背中が見えた。
自殺志願者なのだろうか。

少女の手は震えることなくぴったりと頸動脈に刃先を向けていた。
ふと、視線を感じたのか、少女が片手をあげたまま振り返る。
瞬間驚いたように体が震えて包丁は少女の手をすり抜け首をかすめ、乾いた音を響かせて落ちた。
困惑したかのように少女の目が大きく開かれている。

「・・・・死ぬの?」

聞くと少女は長いまつげを伏せ、首に両の手を置いた。
あなたには関係ない、とでも言いたげに。

ほんの少し触れただけの刃先は確実に少女を傷つけていた。押さえた首筋から紅い線が伝っていく。
不謹慎かもしれないが、美しい、と思ってしまった。

「君みたいな綺麗な娘が死んでしまうのはすごく惜しいよ」

そう言った瞬間、少女の唇が歪に歪んだ。笑ったのか。なんて、歪な、下手くそな、穢らわしい笑みなのか。
少女の唇から掠れた、小さな声が溢れ出る。

「嘘つき」


そう言った少女の体はツギハギで、美しいとはお世辞にも言えない姿だった。
それでも自分の口は囀ずるように嘘を撒き散らす。

「本当に綺麗だ、初めてだよ、君みたいに綺麗な人に遭ったのは」

精神的苦痛のせいか、少女の髪の毛は異様なほど白い。痩せこけた頬に、真っ黒なクマを瞳の下に張り付けた少女の姿は綺麗ではない。綺麗ではないけれど。

「・・・あぁ。目の前で死んでほしくないのね?ここに鉢合わせた貴方も悪いと思うけど。まぁ、だったら消えるわさようなら」

嘘つきの気持ちを痛いほど分かってくれる人はなかなかいない。




無意識に手が、少女の腕をひっつかんでいた。