現実世界で捕まえて



そう言いながら
帰り際に先輩を手伝っていたら5時半になってしまった。

桜子ちゃんは彼氏とデートで定時に帰ったし

ひとりで帰ろうか。

春のコートを着て会社の裏口を出ると、真っ黒な私服を着たカラスみたいな死神がそこに立っていた。

「遅い」
クールな声で私に告げ
そのままスッと歩き出すから、私は慌てて隣に並ぶ。

「待っててくれたの?」
嬉しくてそう聞くと

「定時に終わらせなさい」
いつもの口調で言われてしまった。

待っててくれたんだね。

嬉しい。

「DVD借りません?今日はスカッとしたのでスカッとくる話を」

「あれでスカッとした?冗談キツい」

「もう終わった話は忘れましょう。本屋さんにも行きたいし」

「各30分で終わらせて下さい」
腕時計をチラ見する死神。
いい時計してるな。

「あなたには時間がない。あと願いはひとつしか残ってません」

「わかってます」

「わかってない」
死神は急に立ち止まり悲しそうな顔をした。

それは初めてみる表情で
いつも見る怒った顔とか不満気な顔じゃなくて

とっても悲しい顔だった。

「あとひとつお願いを叶えたら、もう魂は消えます。さようならなんですよ」

さようなら

なんて寂しい5文字なんだろう。