ピアノの音がする…。この曲は…ショパンのノクターン…。

うっすら目を開けて、音のする方を見てみると

「香野麗…。」

透明なグランドピアノの前に座って、細く長い綺麗な指を自由奔放に動き回している。

しばらく、その音に酔っていると

「あ…起きた?」

こちらに気づいた香野麗がゆっくりと近寄ってきた。

「あんた、オレの前で倒れちゃうからさ。」

そう言ってフワリと微笑む。

「すいません…。あのここは?」

「温室の一部。前来たことあるでしょ?」

「でもこんなグランドピアノなんか…」

「見えないように部屋作って貰ったんだ。ベッドも薬もなんでもあるから保健室よりこっちの方が良いかなって…。」

「ありがとうございます。」

じっと香野麗は私を見つめる。

「…あの?」

「なんで、そんな濡れてたの。」

服を見てみると大きめのパーカーを着ている。

「濡れてたから、脱がしちゃったけど見てないから…。」

そう言うと少し顔を赤くして横を向く。
それが少し可愛く見えた。

「…言えないような事だったら無理に言わなくていいけど…。」

「…呼び出されたんです。多分歌川先輩のファンに。」

「…あぁ。…退学かな。」

思いあたることがあるらしく、恐ろしいことを呟く。会話が無くなってしまったので、話しかけると

「香野…麗さんは「…それ。」

「え?」

「フルネームで呼ぶのやめて。」

「…あ、はい。えっと、」

「麗でいい。」

「……麗……さん。」

「…ん。」

そう言うとまた優しい顔になる。

今まで無表情だと思ってたのに、さっきからコロコロと表情を変えている。

「「…。」」

ちらっと麗さんの顔を見てみると、遠くのほうを見つめている。

「(なんか、この空間好きだな…。)」

遠くのほうで授業が終わるチャイムが鳴った。