「お客さーん。到着しました。成田空港です。」

その声は、俺を現実へと引き戻した。

隣の平和な女に視線を流すと、ゴウゴウ高いびきをかいていた。

「おーい、夏川。起きろよ。」

その頰をペシペシ叩くも、ウフフグフフと気味の悪い声を漏らすだけだ。

食い物の夢でも見てんのか?

溜息を吐きつつも、俺は、最後にと、彼女の広い額にそっと口付けた。

その瞬間、彼女の眸はぱっちりと開かれ、口角がニィーーッと横に引かれた。

「何、やってんのよ?冬山は、馬鹿ね〜、相変わらず。」

「狸寝入りかよ!?こんのクソ女が!!」

俺は、あまりの小っ恥ずかしさから、ゲシゲシと彼女をタクシーから追い出す。

「ワオ、もうこんな時間だわ。じゃあね、冬山。」

彼女は、大袈裟なリアクションを挟み、俺に背を向けた。

そして、振り返ることなく、去り際に、一言。

「……待ってるよ。」

「……この女、マジ最悪。」

微妙な雰囲気と共に、タクシーに残された俺は、頰を染め、項垂れる。

タクシーの運転手が、呆れ顔をこちらに向けた。

「貴方も、馬鹿なんですね。」

「馬鹿なんですよ。」

これでも一応、医者なんですけどね。

俺は、額を押さえながら答えた。