「そこ別に喜ぶところじゃないですよ、浜口さん。彼氏でもない男にそんなことされて喜ぶ女はいません」
あら~・・・、と浜口さんの呟きが聞こえる。
私はちらっと後ろの社員2名を確認する。でも目もあわなかった。どうやら小声で話しているのがうまくいって、さほど会話の中身は聞こえてないらしい。よしよし。あまり聞かれたくない話なのだ。
「そ、それはそうよね。それであの子、そんなことした上にからかったわけ?」
更に小声になって、浜口さんが言う。
「そうなんですよ!これで壁ドンされる気持ちが判ったからもっと上手く書けるだろ?みたいに!人が楽しんで書いてる作品を、まるで願望帳みたいに思われたことにムカついて、昨日はよく眠れませんでした」
「可哀想に。それで今日は顔色が悪いのね~」
私は新しいせせりの肉山をビニール袋から手づかみで取り出しながら、キッと浜口さんに顔を向けた。
「あの題名、長いと思います!?私的には書きたい場面を的確に現してるぞと思ってたんですが!」
「平野君は、何て言ったの?」
「ちょっと長くないか?だって」
まな板の上にせせりをずらっと並べて、それを順番に縦半分に切っていく。包丁は朝一番に研いだばかりで切れ味もよい。すぱっと肉が切れていくのに、このイライラがマシになればいいなと思っていた。
浜口さんはちょっと黙って作業していたけれど、手を洗い、新しいバットにアルコールを振りかけながら言った。
「そんなことは気にしなくていいわ、千明ちゃん。あの子、思ったことを言葉に出す子なんじゃない?それに振り回されちゃダメよ」
うう~っと唸りたい気持ちを深呼吸で押さえ込んで、私ははいと頷く。



