「平野から藤に手渡したって聞いたけど・・・何かあったのか?お前酷い顔だぞ」

「寝てませんから」

「は?」

「いえ、ええと。寝たんですけど浅くて。ほとんど寝た気がしません」

 口をぽかんとあけたままでリーダーはしばらく私を凝視していた。だけどその内手をぱっぱと振って、デスクの方へと歩いていく。

「言いたくねーならそれでもいいけど。でも今日も大量に仕込みあるんだ。睡眠不足が原因の怪我だけは気をつけてくれ」

 私はコートをハンガーにかけてエプロンと帽子を手に取り、はーいと呟いた。

 仕込み・・・そうだ。今日はきっと、勝手に拷問をやるはめになるだろう。串を爪の間に差し込んでしまうとか・・・包丁で手の平を傷つけるとか。考えるだけで痛い。気をつけなければ。

 今日のメンバーは、リーダーと私、田内さんと浜口さんの4人だ。まだ平野が即戦力換算されていないので、休み変更にはなっていない。というわけで、今日は頼りになるパートさん二人が休みなのだ。大変だ!

 パートの浜口さんが来たところで、私は彼女の作業台に一番近い作業台を陣取って、早速限りなく小声でぶーぶー文句を垂れ流しにした。

「ちょっと浜口さん~。あいつに教えちゃったでしょう、私が・・・私が文書いてるの!」

 小声で迫力を出すのは難しい。だから私は目をぎょろりとむいてみせる。せめての顔面勝負だ。これでちょっとはびびっておくれ。浜口さんは一瞬、え?と首を傾げて、それから両手をパンと打ち合わせた。

「あ、あいつって平野君ね。そうそう、前に話が弾んだのよ~」