平野はようやく‘壁ドン’の体勢から向き直ってアッサリと言った。

「浜口さんてパートさんに、教えて貰ったんだ」

 くらあ~。ここ最近では滅多に体験していない強烈な眩暈がした。私は何とか倒れずに持ちこたえて、肩で息をする。

「は、は・・・浜口、さん・・・?」

「そう。藤が休みの時、初めて会って、色々話しかけてくれて。趣味の話になって」

 は~ま~ぐ~ち~さああああ~ん・・・。

 私はパッと手を振って平野の話を遮る。・・・みなまで言うな。もう判った。趣味の話になって、読書なの?って浜口さんが聞いたんでしょ。すっごく想像出来る。それできっと、嬉しそうに言ったのだろう、あの人は。私も読書が好きなのよ、嬉しいわね、若い人で本好きがいると。そうそう知ってる?うちの千明ちゃん、そう、藤さんね、書いてるのよ、小説を―――――――――

 あああああ~・・・。私はがっくりと頭を垂れた。もう立ち直れない・・・かも。何てこと!最大の秘密を、よりによってすれ違いたくもない男に知られてしまっているなんて・・・!

 泣きそうだった。さっきまで、リーダーからの電話を貰うまで確かにいた幸福の中の色など、完全に私の周りからは消えてしまっていた。

 ブルーだ。一面のブルー。

 そのブルーの、まさしく元凶である平野啓二は気軽な調子で言う。

「願望が現れてるなら協力しようかと思っただけ。一読者としてさ。リアリティの追求というか、感覚ちゃんと判ってんのかな、と思って。壁ドンされる気分とか、わかっただろ?」

 私は黙って玄関を指差した。もう顔も上げなかった。