「それで・・・手術がうまくいったって判った時、まだ大学受験をしなおした。大学の費用は独身で起業家の母方の伯父が出してくれることになって、兄貴は結婚して家庭を持ってるし、医療費の支払いやアメリカでの借金返済の為に親父は単身赴任で東京で働いている。だから俺は一人暮らしをして、たまに様子をみにここへきている」
そうだったんだ・・・。私は言葉もなくシートへ沈みこむ。
今聞いた苦しくも希望のある話に、どう反応していいのかが判らなかったのだ。
だから、と平野が言った。
「藤とは付き合えなかった」
ハッと顔を上げた。
平野の顔は暗くてよく見えない。でも私を見ていることが判った。
「合格報告の日・・・藤が、告白してくれた時、俺は、大学を諦めるって言いに行ったあとだった」
――――――――なんてことだ。
私はクラクラと眩暈に襲われて、目を瞑る。当時まで戻って自分を止めたかった。気持ちを伝えるってことに興奮して、ずっと平野を待っていた自分を。お願いだから止めてって、言いに戻りたかった。
あの日の平野は、とても厳しい状況だったのだって今は判るから。
私はそんなことは知らなかったけれど、その時、平野のお母さんの余命宣言は半年ほどだったのだろう。そりゃあ厳しい顔もするだろう。苦しそうな瞳もするだろう。能天気に告白なんかした私を、今は本気で殴りたい。
「ごめ・・・知らなくて、私」
掠れてしまった声でそう言う。平野は、いいんだって手を振った。



