「そう、高校の卒業式が終わった翌日から。大学はいつでもいけるって思ったんだ。アメリカのワシントンで色んなツテを頼って沢山の病院へいって。兄貴と俺はあっちでもバイトをして、バタバタしている親父の手伝いをしていた。・・・今しかない、って思ったから。今は家族が家族で出来ることが・・・」
ああ、どうしよう。私は無意識に胸を押さえる。まるでその時の平野の焦りや苦しみが見えるようだった。
「だけど」
ふう、と息を吐いて平野が呟くように言う。
「結局いい医者は日本にいるってことが判った。だから戻ってきたんだ、二十歳の時。日本にいる時には見付からなかった医者は、あんがい近くにいた。どうやら専門外だったから見付からなかったらしい。だけど、兄貴の知り合いで違う症状のことで相談にいった人が偶然同じ病気のことで話を聞いて、それを教えてくれたんだ」
「そ、それで?それでお母さんは?」
薄明かりの中、平野が顔を上げた。苦しみが取れた穏やかな顔で。
「手術、出来たんだよ。それまでは不治の病みたいに言われていたのに、その医者はあっさりと言ったんだ。大丈夫ですよ、治ります、って」
おおー!!
私は興奮して、つい手を叩く。
「今までは何だったのかって思ったくらいに、母親の症状は目に見えて軽くなった。長い間の薬の副作用があるし、合併していた別の病気があるからまだ完治には遠いけれど、死にそうな状態ではなくなった。普通の生活がおくれるようになるのももう少しなんだ」
平野の口元がきゅっと持ち上がった。私は窓越しに病院の建物を見上げながら、聞いていた。



