「痛い・・・」

 散々ぼかすか殴られて(クッションでだけど)床に転がった平野がそう呟く。私はまだ顔を赤くしたままでヤツを睨みつけていた。そのままの体勢で平野が私を見上げた。

「藤」

「ななな何よっ!」

「・・・やりたいこと、ないのか?」

 掠れた声は色っぽく、その言い方は含みを持っていた。だけど私は既に許容量をオーバーしていたので、血が上った頭を何とか高速回転させる。何かまともなことで、やりたいこと、やりたいこと、やりたいこと―――――・・・

「か」

「か?」

「・・・買い物に、行きたい」

 ちょっと呆気に取られたような顔をした平野が、その後で寝転んだまま、くくく、と笑った。


 一緒に買い物へいき、ご飯を部屋で食べて、テレビを観ていたら、その内に激しい動悸もおさまってきた。日常的なことをしているのに、それが一人ではなくて平野と一緒っていうだけで、ふわふわと体が浮いたような感じだった。珍しくて新しい世界へきたようだ。

 昨日今日で初めての平野をたくさん知った。

 それと同じで、初めての私も、たくさん知ったのだ。

 自分がこんな気持ちを持つということ。あんな反応をするってこと、それから、突飛な行動を取ったりもすること。