「とにかく風邪が治ってよかったな~。俺にもうつらなかったし。明日から仕事だし熱は困るよな」
イカ焼きを食べながらそういう平野に、うん、と頷く。彼はちらっと私を見て、苦笑する。
「ずっとぼーっとしてるな。どうした?」
「え?・・・あ、ああ」
食欲もなくて、私は手に持ったベビーカステラの袋を締めた。
「・・・何か、色々信じられなくて・・・急展開だったし」
何せ私は、初体験までしてしまったのだ。そんなことは口には出せないが。
うーん、まあ、そうだよな、そう言って平野がゴミを片付ける。それから私の手を引っ張って、人ごみを抜け出した。
「いきなりだったし、藤に抵抗があるのは、理解してる」
人気のないわき道に入ったところで、平野が私を振り返って言った。
「俺が昔キツイ断りをして、だからもしかしたらまだ藤は傷付いているのかもしれないってことも、判ってる。でも今は全部違うんだ。環境も状況も年齢も意識も」
私は無言で彼を見ていた。
平野の目を見ていた。
これだけしっかり顔を合わせるのって、よく考えたら高校3年のあの日以来なのかも。6年前の雪が降る2月の日。あの頃より太くなった平野の首や顎のライン、大きくなった肩幅、それからしっかりした鼻筋も。奥二重の瞳が真っ直ぐに私を見ている。それは、あの日に観た不機嫌で黒く見えたあの瞳とは違った。
こげ茶色の瞳の中、お昼の太陽に照らされた私がうつっている。その私も―――――――――あの日とは違っていた。制服を着ておらず、髪は伸びて色が違うし、痩せている。今は、25歳の私がいるのだ。
平野の前に。



