「へえ・・・。ついに彼氏が出来たとか?」

 ピキーン、と空気が張り詰めたようだった。私はつい包丁を研ぐ手を止めてしまう。ぐるぐると頭の中を相沢さんの言葉が回る。

『彼氏が出来たって言ってみれば?』『彼氏が出来たって言ってみれば?』彼氏が―――――――――・・・・

 考えがまとまらないままで口を開けたら、言葉が勝手に出てきた。

「そ、う」

 へえ、と平野の声。

「それは、おめでとうって言うべきだよな?」

 それだけ言って、ヤツはふいと身を返す。それから作業台へと歩いて行って、無言で仕込みを始めた。

 私はちょっと振り返ってそれを確かめ、包丁へと目を落とす。

 ・・・・・・・・ど。

 ドキドキしたあああああ~っ!!!

 全身からぶわっと冷や汗が流れ出したのを感じた。嘘ついちゃった。嘘ついちゃった!!相沢さんは彼氏じゃないのに、嘘ついちゃったよ~!!

 ドキドキして眩暈まで起こりそうだ。私は危険だわ、と包丁研ぎをやめて水洗いする。ちょっと落ち着いてから仕込みをしよう。でないと、手元が危ない―――――――――

 そう思った時、高峰リーダーの罵声が飛んできた。

「ふ~じ~っ!!いつまでちんたら研いでんだ!さっさと仕込み始めねーと終わるもんも終わらないだろう!」

「はいー!」

 仕方なく、私はすっとんでいった。

 平野の隣の作業台へ。