次の日の朝、丁度街に鐘の音が響いていた。私はまた、あのベンチへと足を運んでいた。黄昏の姫君とでも呼び名を付けたくなる様な、そんな美しい少女が居る窓辺を見やる事の出来るベンチへ。

ベンチに座り、緊張と興奮のおり混じった感情をむしろ楽しんでいる様な変な感覚を抑えつつ、私は例の窓辺に目を向けた。

そこには。
昨日と同じ、美しい銀髪を風に揺らし真紅の瞳で下界を見下ろす彼女の姿があった。

私は、やはり見蕩れてしまった。
この世界にあの様な美しい人間が存在するのか、と。そんな事を思いながら、本を読むふりをしていた。

本を盾にしつつチラリと彼女の方を見る。
その瞬間である。

なんと、彼女の視線がこちらを向いてじっと私の事を見ている。

まずい。
これは大変まずい事になった。

内心でそう思い本を閉じ足早にその場を立ち去ろうとした次の瞬間。

「そこの人!待って!」

鈴を転がした様な、尚且つ透き通った、そんな綺麗な声が、恐らくではあるが、私を呼び止めた気がした。恐る恐る窓辺の方に視線を戻し、ジェスチャーで自分の事を指さし小首をかしげてみた。すると彼女は言った。

「そう、そこのあなたよ!少し待っていて!そこまで行くから!」

そう言い残し、彼女は部屋の中に姿を消した。

この状況、一体どうすれば良いのだろうか。ベンチから眺められていた事を直々に咎められるのだろうか。

しかし、私は内心そんな事はどうでも良かった。

彼女が私に話しかけてくれた。
そして、しばらく待っていれば彼女は私の所までやって来るだろう。

正直言おう。
こんなに胸がドキドキする事はない。心臓が早鐘を打つ様に鼓動する。思わず顔を伏せ、胸に手を当てて落ち着かせようとするが、そんなの無理だった。

と、顔を上げた瞬間。

私の目の前に女神が降臨していた。

「…っ!!」

私は言葉にならない声を発してしまった。

そしてその美しい少女は告げた。

「やっと出会えたわ。もう一人のわたしに。」