この男は正気なのだろうか。

 男は年頃の男子としてはやせ型で、胸板は厚いか厚くないかでいうとそうでもない感じ。肩幅も私よりは男らしいかな、ぐらいで色白なのが華奢なシルエットを際立たせいる。少なくともスポーツ少年ではないのが見て取れる。どう見てもかよわい女の子を部屋に連れ込んで襲う今更流行りそうもない“俺様過ぎる系男子”には見えない。

 「は?」

呼吸の音が聞こえるくらいの近さに苛立ちが募っていく。あからさまに眉を上げて睨んでみると、男は表情を強ばらせ悟った様に手を引いた。

 溜め息をつき、俯く男を横目に私は丸見えの下着に視線を戻す。

 「だから、ドキドキ...っていうか緊張しないの?」

彼は自身の足元を見ながらそう言った。

 少しの間黙って考えてみても答えが見つからなくて困ってしまう。ほんのり紅く色づいた耳の縁が気色悪い。

 何処からかのすきま風が濡れた身体の温もりを拐っていく。

 「欲情したの?」

 何も考えずに口にした言葉は彼の良心を突いたようで目を剥いてこちらを振り向く。

 私はなるべく感情を読み取られない様に彼の胸元辺り一点を見つめている。

 視界の隅でしきりに蠢いている何かがうざったい。ちらりと見てみると目の前の男の手だった。癖なのだろうか。

「ち...がうよ」
「いや、明らかに動揺してるじゃないですか」
「違うって」
「きもッ」

 声に出してみてやっと状況を現実的に飲み込めた。この男は私を手込めにしようとしているのだ!

 「いやだ、いやだ、いやだ......」

一種の呪いの呪文を唱える様に呟きながら私は誰よりも何よりも、素早く立ち上がって誰よりも何よりも、素早く玄関まで後ずさった。

 ___逃げなきゃ。

 「あ、ちょ、待って」

男は私の後に続くように立ち上がり、シャツを張り付かせた私の腕を掴もうとした。

 私は腕をくねらせて男に一切触れずにしつこくまとわりつく手を振り払った。宙に半円を描いて男の掌は空気を掴んだ。

 私は小さな玄関に置いてきぼりにされていた底の高いハイヒールを爪先を引っ掛ける様にしてしっかり履かずに扉を開こうとした。やはりハイヒールが仇となり、見事に全身を冷えたコンクリートに打ち付けてしまった。

 すぐに這って逃げようとする。

 どうやら無駄な抵抗だったようだ。

 男はハイヒールが脱げて裸になった私の足に股がって押さえ込む。男の目的は私を逃がさない事であって、自身の性器を押し付ける事ではなかっただろうが、不謹慎にも緊張してしまう。

 私の動きが鈍くなったのを確認して男は右肩をコンクリートに押し付ける。そのせいでいくら身体を起こそうとしてもそれを封じられてしまう。

___馬乗りされてる。

 そんな事を考えている間にも注がれ続けている視線が痛い。

 「逃げないでよ」