「分かんない」そう言ったとき、この人は快く家に入れてくれた。

 下心があったのかもしれない。私の事をどうしようとしていたのかわからない。でも、男はそんな素振りを全く見せなかった。

 此処に向かって歩いている途中、男は私に自分の着ていたアウターを着せてくれた。「信じていいの?」私が聞くと「いいんじゃない」彼は言った。

 男性の家に来るのは初めてだった。男の家なんて、ましてやこの年頃の男子の部屋なんて、エロ本しかないと思ってた。でも見れば見るほど綺麗に整頓されていて、本当にこの人の家なのか疑ったぐらいだった。残念なのはベランダに干された丸見えの下着だけ...。

 気づけばフレンドリーな男にのせられて、私の男に対する態度が変わっていた。

 「あっつい...」

ソファに座った私は、文句を言うように呟いた。

 「うっさいなー。古いタイプなんだよ」

男はエアコンのリモコンをいじりながら言った。

「ねぇお風呂まだ?」
「古いタイプだからまだ」
「あーそー」

 言い切らない内に彼の言葉を遮るように言うと、分かりやすく顔を歪めて私に聞こえないくらいの声量でリモコンに向かって何かを呟いている。

 背筋を伸ばしているのに疲れてしまってソファの背もたれに体を任せ、黄ばみ始めている天井を見つめる。

 煮え切らない、といった表情だった男はいつの間にか私の目の前に居て、ソファの背もたれに手を掛け隣にドスンと座った。

 がっつりパーソナルスペースに入られてしまった私は気まずくなって少し男から少し離れようとソファに手をついて腰を上げた。

 「...」

沈黙の間、男のカールが解けてあらぬ方向にうねった髪を見ていた。

 「此処、男の部屋だけど」

鋭い目付きで私を凝視してくる。

 「そうみたいだね」
「...ドキドキ、しない?」

初めて見た、男性の上目遣い。ソファについた手に男の指先だけががそっと重なる。