高校最後の夏休みも折り返し地点を過ぎた。私は夏休みの間だけ予備校の夏期講習に通っていた。

 夏期講習は明後日、模擬試験を受けて終わる。予備校は最寄り駅の近くにある。集団授業ではなく映像授業と個別指導だ。だからか今のところ地元の同級生には一回も出くわしていない。

 家と予備校の往復でなんとか勉強しているものの、どことなく身に入らない。



 午後9時を回るのを確認して、自習室から外に出る。あくびをしながら、こんな毎日早く終わればいいのにと願った。足を止め信号を待つ間にイヤフォンを付ける。


 一学期の期末テスト後に受けた模擬試験は散々の出来だった。夏休み直前の個人面談では、担任が呆れた顔で「君、本当に大学行く気あるの?」とため息をついた。




 信号が青になるのを見て、生ぬるい夜風を頰で感じながら歩き出す。

 閉鎖的な団地に続く道の中、鼻歌を口づさむ。角を曲がれば、私の住む団地に着く。人のいない路地を曲がった時、前方から車のライトが目の前で光った。思わず目を瞑る。マナーがなっていない、と父なら憤慨するほどの明るさだった。

 そのライトが煌々と灯る灰色の車は、左手にある公園のフェンス脇に止められていた。

 まあいいや、と早足で通り過ぎた。後すぐに車のドアが開いた気配がした。

 ミラー越しに、車に乗っていた人が私に近づいているのが見えた。イヤフォンを外して、足早に過ぎ去ろうとした時だ。


「ごめんね突然」

 20代後半くらいの男性だ。こんな知り合い、いとこにもいない。もしものためにと、カバンの中のケータイを握りしめた。


「はい」

「君、田之倉ちゃんでしょ」


 私の知り合いか?だが本当にこんな男性と私は知り合った記憶がない。警戒されていると自分でも思ったのか、ああ、と頭をかいて、覚えてないよね、と呟いた。


「僕、宇野英治。宇野泰斗の兄です」


「あぁ…」

 よく見れば見覚えのある顔だった。大学生になって家を出たと聞いていた。子ども会がなくなった頃から数えて5、6年になる。



 子ども会の時、ちょうど出くわしたお兄さんが何度か奥様に参加するよう誘われていたのを思い出す。うんざりした表情を見せたが、1度か2度奥様に促され弟の隣に座り、団地の子供の相手をしていた。