制服を脱いで寝巻きに着替えた後、暗いリビングに行く。明かりを点け、冷蔵庫から冷たい牛丼を取り出した。電子レンジに入れて1分加熱する。食卓に座って、蛍光灯で照らされたキッチンを見つめた。
振り返る母さん。幼い私が髪を揺らして駆け寄った。母さんが焼いたばかりのクッキーを1つ口に入れてくれる。
ほんのり甘くて香ばしい味が口に広がる。美味しいと言うと母さんの顔は綻びた。
遥か昔の記憶だ。今は、影も形もない。
ピーピーと電子レンジの音が鳴った。温まった牛丼を取り出し蓋を開ける。湯気に息を吹きかけながら静かに食べ始めた。
『え、つむぎ、ライブ一緒に来るの?』
今日の昼食時に交わした、貴美と七海の会話を思い出す。
思い切って、2人に声をかけた。誰かと話したかった。気を紛らわせたかった。何日ぶりか3人で昼ごはんを食べることになった。
『うん、前に誘ってくれたよね、私も行きたいな』
『あ…私、てっきりつむぎは行かないんだと思って」
『2人で行くことにしたんだ、だから、行きたいんなら、自分でチケット取って行けばいいんじゃん』
『……………』
完全に閉口した私に代わって、一生懸命貴美がその場をとり繕った。
『1人多くても問題ないじゃん、つむぎの分も買っとくよ、ね、七海』
『…………』
『…ごめん、大丈夫、またの機会にする』
お腹が底冷えした。どうして。七海はその間、私を一瞥もしなかった。
牛丼を無理やりお腹に押し込むと、コップにいれた水を飲み干した。口から数滴もれた水を手の甲で拭く。
『………七海、私に怒ってる?』
予鈴が鳴った直後、自分の席に戻ろうとする七海に、思い切って聞いた。
『別に』
『そう、なら』
『ただ』
七海は、ポニーテールの髪を揺らして私に振り返った。最近見たことのある、酷く冷淡な笑顔だった。
『誰かと。性格合わないのに、無理して付き合うの、怠いなって、思わない?』
私は、なにも言わなかった。強張った愛想笑いをするしかなかった。それすら、虚しかった。
テレビのリモコンを手にとって電源をつける。どのチャンネルも、大した特集でもないバラエティ番組が騒がしく放送されていた。
「…厄日だ」
