蓮は、どうしようかな、と道路にある小石を蹴りはじめた。そのままゆっくり団地に帰る道を先に行こうとする。ぐい、と強引に彼のくたびれたバックを引っ張った。
「今?宇野くんと…何であの人に」
「お前は肝心な時、すぐ保身に回るから、話したくねえ」
ニヤニヤと私に言う蓮の言葉が、私に突き刺さる。咄嗟になにも言い返せなかった。
もし本当に彼が今の会話を聞いていたら、どうなる?奥様に告げ口されて、母さんの団地での立場がなくなったら。それが原因で、父さんの会社での立場が悪くなったら。
実際私は、彼に対する罪悪感じゃなくて、自分の、家族の保身のことで頭を埋め尽くした。
蓮はその場を動かない私を置いて、先に行ってしまった。
辺りは真っ暗だった。真上の電灯が切れていた。先を行く蓮が遠くなって、私は暫くそこに立ち止まっていた。
段々、沸沸と怒りが湧いてきた。いくら蓮でも許せない。
私は走り出して、曲がり角を行こうとする蓮のバックに追突した。
「んだよ、痛ってえな」
ギロリと睨まれたけど怖くない。蓮のつるむ友達にこれをやられたら、多分立ち直れないだろう。けど、蓮だ。私だって蓮を睨んでいた。
「言ってよ。どうするかは私が決める」
身長差はあった。成長したけどまだ幼げの残る蓮の顔と対峙した。睨み合って、蓮は私の気迫に観念したのか、ため息をついて、ポケットから携帯を取り出した。
「聞かせてたんだよ、こっちの会話。通話状態にさせてよ。だから、向こうは俺らの今の会話が丸聞こえってわけ」
「いつから?」
「俺がつむぎに声かけた時から」
「最初から、…全部?」
「そう。ついさっき切れた。くそ、俺が切るまで切るなって言っといたのに。まあ、肝心なところは聞いていただろうけどな」
ようやく胸が痛んだ。ひどい悪口を聞かせてしまった、と。
でも、たぶん本人に対する同情なんかじゃない。自己保身のための痛みだ。