「娘は此処に就職したんですが、早々と『オーベルジュ』に引き抜かれてしまいましてね。そうですか。御手洗くんと婚約してたからかあ」
「遊ばないでください、命をかけてそんなことありません。ああ、俺まで風邪かもしれない。頭が痛くなってきた」
颯真さんは会計をお願いすると、私の顔を見て大きく溜息を吐く。
「あのね、全くそれは君の勘違いだから。君、名探偵でもないし恋愛の駆け引きさえ知らないんだから疑うのは止めなさい」
「だって、颯真さん、私の事からかってばっかりのくせに! 経験ありまくりの人に言われても、丸めこまれているみたいで信用できません!」
自分のお酒のお代を出すと、颯真さんは当たり前の様に受け取らずさっさと会計を済ませてしまった。
それさえもスマートに感じてしまい、ズボンのポケットにねじ込む。
「そーゆうムキになる感じが、純粋だよね」
「また馬鹿にしてる!」
「してません。可愛いとは思うけど」
私たちの言い争いは、夜景を見ていた席のご年配の夫婦からクスクスと笑われてしまっていて、恥ずかしくて逃げ出すように出口へ向かう。
「お嬢さん、うちの娘にも早く婚約者を連れて来るように言っておいてください」
そんな事を人生でも先輩である店長に言えるわけもないけど、曖昧に笑っておいた。
「あーあ。しまった。お酒飲んでしまった」



