狭い玄関には、あの見慣れた赤いエナメルのパンプスと黒い革靴が無かった。
今日はホテルにでも行ったのだろうか…
久しぶりに気楽に家に上がる。
ソファーに勢いよく倒れ込むと、悠の話をふいに思い出した。
母親の事…
悠も、母親の愛情を忘れてしまったのかな。
あの時、妙に心が揺さぶられた。
母親の話だったから…?
ただのあたしの勝手な同情…?
それとも…
あの時の悠の顔が、物凄く寂しそうで今にも泣いてしまいそうな顔だったから…?
あの時の悠の顔を思い出した時、あたしの頭に昔の記憶が蘇った。
父親が死んで、おかしくなった母親。
酒に酔ってあたしを殴り続ける。
痛くて…苦しくて…ただ泣き叫んだ。
『やめてっ…お母さん…』
『うるさいっ…うるさいっ!あんたがいるせいで…あたしはこんなに辛いんだよぉお!』
鬼の様な真っ赤な目をして、あたしを殴り続けた。
だけどそれ以来、母親に男が出来てから一度も殴られる事はなかった。
