弾む息を押し殺して、何とか伝えると最初は驚いていた彼女だったが、直ぐに表情を戻し私に応えた。
「今日は時間がないから、移動中でいいかしら。」
「はい!お時間を戴けるなら何処でも構いません。」
「そう…分かったわ。………萌木、車を。」
「はい、此方に。」
案内された車は、やはり高級な外車だった。
レザーのシートに身体を滑らせて座ると、ドアは部下の萌木さんが閉めてくれた。
一瞬にして密室の空気が漂う、私は今頃緊張で手が震えているのに気づいた。
「それで、私の息子がどうかしたの?」
クールな表情は全く崩すこともなく、秋山代表は私に問い掛けてきた。
「は…はいっ!あの、私は間宮印刷の営業の水川 令子と申します。秋山さんとは一度婚約をした仲です。………今は…違いますが………そんな事はどうでもいい事なんですけど………」
「婚約?そんな事一つも聞いてないわ。」
「えっ?………あっはい。すいません自分達だけで勝手に話を進めてしまって………」
「全くその通りね?あなたは常識が無いのかしら?」
今は婚約を解消しているが、確かに婚約は家同士の繋がりは無視できないとても大事な事だ。
偽装婚約と言えど、周りから見れば本当の婚約、私はお互いの家族へのフォローをすっかり忘れていたのだ。
「本当にすいませんでした。」
私は彼の話を聞く前に、出鼻を挫かれて、すっかり勢いを削がれてしまった。
暫しの沈黙の中、秋山代表は煙草に火を点けた。



