そうか。と考えた男の人は、


「お言葉に甘えて、使わせていただきます」


と私の傘を受け取った。


「あ、なんならその傘あげますよ」


高価なものじゃないし。むしろ安物だし。


と、帰ろうとした私を、男は長い足を一歩、私の方に踏み出して言った。



「だめ!借りたものは返さなきゃ。」


近くで見た顔に、


不意にもドキンっと胸が鳴ってしまった。


「いや、でも安物だし…」


そんなの関係ない、と言い張った男の人は



「明日、午後6:30、ここに来てもらってもいいですか」

と言い、



そして鞄から何かを取り出して、スラスラと一瞬のうちに書きだした。



「これ、僕の電話番号、一応。」



返事する間もなく、渡されるがまま。


『090-××××-××××』


とても綺麗な字だなぁ。


借りといてなんだけど急いでるので、じゃ。


と、私の傘を広げて、雨の中をビシャビシャと音を立てながら走っていった。


ー名前、聞いておけばよかったな。


なんて少しだけ後悔した。