――― それは昨年の秋に突然起きた。

『ごめん』
朝、目を覚ましリビングのテーブルの上へふと目を見やると、俺と二人で同居していた兄はボールペンで書かれた三文字の羅列をくしゃくしゃのメモへ残し、行方をくらませた。
小学校低学年頃の俺がいじめにあった時、助けてくれた。初めて公園の鉄棒で逆上がりをやる事になり、何度も失敗したが溜息一つ吐かず笑顔で励まし続けてくれた。
兄がいたから、強くなれた。俺にとって君はヒーローだ。
事情は解らないが、メモ一つで離れ離れになった兄を放っておけない。何があったかを聞かなければ、俺の脳は満足せずに爆発してしまいそうだった。


俺の名前は、矢城幸。この、市立黒崎高等学校の二年生になって三ヶ月が経つ。
薄紅色の花びらはもうすっかりと夏色に変わり、黄色いカーテンを踊らせる僅かな風がとても心地良い。
今頃兄は何をしているのだろうか。年齢は俺より二つ上だから、一般的には大学一年生になっているのだろう。そう、一般的には。
兄はまだ見つかっていない。弟の立場としては心配で堪らないものだ。
学校は、食事は、風呂はどうしているのだろうか。音信不通なうえにあんな別れ方をしたのだから、生死も定かでは無い。嫌な想像ばかりが脳を埋めていく。
そんな事を考えていると、授業終了のチャイムが鳴った。
今日は職員会議が行われる為、部活は休みだ。
俺は荷物を持って教室から出ると、仲の良い友人と軽く挨拶を交わしてから、所属している演劇部の部室前を通り過ぎて昇降口へと真っ直ぐ向かった。

「......なんだよこれ」
『矢城幸』と書かれた靴箱をいつも通り開けると、中には一通の手紙が入っていた。
「誰かの悪戯か......?」
少々抵抗しつつも、四つ折りの白いプリント用紙を開く。
其処には、活字でこう書かれていた。