私には父がいた。
父は柔和で人柄もよく、私は良く甘やかしてもらっていた。



普段は優しく穏やかで、明るい人だったのを憶えている。





でも時には厳しくて、ちゃんと叱ってくれるいい父親だった。




でも私の父親はいつまでも元気ではいてくれなくなった。




日に日に痩せて行く父親の身体





口数は減り、家族三人で夕食を食べる数も段々と少なくなっていった。

そして私が小学3年へと上がる頃には父親の存在は消えた。





私の父親には病気があった。
がんだった。




父親が亡くなる寸前まで、母は父の病を私には教えなかった。
ただただ、今まで元気だった父親が急に痩せて行き、元気がなくなり、私にはどうしてかは分からなかった。





病院のベッドの上
静かに息を引き取る父親の顔は今でも鮮明に覚えている。
母は父が亡くなる最後までずっと、
ただ手を握り締め静かに涙を流していた。




私は泣けなかった。




ただただ実感がわかなかった。
自分が何故病院にいるのかも
母が何故父親の手を取り泣いているのかも



私はただその光景を眺めながら立ち尽くすしか出来なかった。





それだけだった。






ただ一つだけ、
一つだけ確かに理解出来た事



それは、もう父親は起きない
それだけは幼い頃の私に解っていた唯一の事実だった。