あたしの質問に莉人くんが息を呑むのが分かった。
あ、これ聞いちゃダメだったのかもしれない…。
体と違って意外に冷静なあたしの脳は正常に働いているみたい……。
こんな時ほど冷静になれるなんてどうかしてる。
そんなことを思ってもどうしようもないんだけど。
しばらく空いた間を切り裂くように莉人くんの声がした。
それは今の季節にピッタリな、どこか冷たい声音に感じた……。
「キスされて、自分から1回キスした…」
―――あぁ、やっぱり。
あたしの予想ってこういう時ほど当たっちゃうんだよね。本当に当たって欲しい時には全く当たらないのに。
ホント、どうなってるのあたしの頭は。
何も言わないあたしに莉人くんが「凌、ちゃん…?」と恐る恐る聞いてくる。
「…ん?」
「ごめん…殴ってもいいよ」
そう言う莉人くんだけど、あたしはそんな事出来ない。
だって、莉人くんが好きだもん。
こんな時に話す内容じゃなくても。きっと一生知らなくていいような内容でも。
あたしが莉人くんを殴ることなんて出来るはずないでしょ…。
だけど一つだけ聞いたいことがあるよ。
「莉人くん」
「何?」
「莉人くんは菜乃花が好き…っだった……の…っ?」
堪え切れない涙があたしの頬を伝って自分の足に落ちていく。
もし好きだって言われちゃったら? あたしは遊びだったって言われちゃったら?
あたしは、どうすればいいの――…?
震えるあたしを強く抱き締めながら莉人くんが苦しそうに声を発した。
「っ…違う! 俺は本当に凌ちゃんが好きで…っ、仕方ないんだよ…」
苦しそうな莉人くんの声。だけどそれ以上にあたしの心だって苦しいんだよ…。
莉人くんは悪くないなんて言えない。菜乃花は悪くないなんて事も言えない。
確かに菜乃花は弱くて精神的に自分を傷付けちゃうような子だけど、莉人くんじゃなくても良かったでしょ……?
好きな人が莉人くんだったとしても、キスする必要はなかったでしょ……?
あたしと付き合ってる事知ってるじゃん…。莉人くんだって、どうしてキス、したの……。
溢れ出す思いは胸の中で固まっていくだけで言葉にはならない。
「あたしっ…は、っどうすれば……っいい、の…?」
莉人くんに答えを求めるように。
莉人くんを言葉で責めるように。
自分のことでいっぱいいっぱいのあたしは莉人くんの気持ちを見て見ぬ振りした…。
「…っ……凌ちゃんは…どうしたい…?」
莉人くんの言葉にあたしは嗚咽を漏らしながら答える。
「あたしはっ、莉人くんが好き…っ」
「っ、うん…」
「だけど今は…哀しくて…っツラ、くて…」
「うん…」
「離れたくないっ…側にいて欲しっ…いけど、やっぱり…っ……」
途切れ途切れ伝えるあたしを莉人くんは正面から抱き締めた。
大好きな莉人くんの温もりが。優しいあの笑顔が。 ―――今は何も感じられない…。
それでも莉人くんの胸の中で泣くあたしに莉人くんが言った。
「ごめっ…凌ちゃっ……っ」
初めて聞く莉人くんの泣き声。ツラくて、哀しくて……莉人くんを好きな自分が惨めに思えた…。
「凌ちゃんっ…別れよう……」
あたしはツラくて、哀しくて…。それでも莉人くんを好きだと思う自分に言い聞かせ、頷くだけしか出来なかった…。


