それが君の願いなら。



ノックのあとに凌です、と付け加えれば部屋の中から「ん」と返ってくる。


「……久しぶりに来た…」


部屋に入るなりそう言ったあたしを見て莉人くんは笑う。


「それ、俺が凌ちゃんの部屋入った時も言った」

「だ、だって、本当に久しぶりだから…」

「お互い様だな」


笑いながら「座れば?」と言われ、あたしの大好きなクッションの近くに腰を下ろした。


「………」

「………」


続く沈黙があたしを焦らせる。


言わなきゃいけないことも、言いたいことも沢山あるのに…。


何から口にすればいいのか分からない。


クッションを手に取り、抱き抱えるようにして顔を埋めた。


ど、どうしよう……っ!


内心バクバクなあたしは小さく深呼吸。


「……っ莉人くん!」

「えっ?」


緊張のせいか思った以上の大きな声で名前を呼んでしまい、莉人くんは驚いた様子で返事をしてきた。


「あ、あのね!」

「お、おう」

「言わなくちゃいけないことがあるの…」

「……おう」


沈黙と間の意味は居心地の良さが違うと思った。


「今日ね、侑京と別れてきた」


あたしの言葉に目を丸くさせた莉人くん。


「――……え…は? 別れたって…何…」


意味分かんね…。そう呟きながらあたしを見てくる。


そうだよね……いきなりこんな事言われたって理解し難いよね…。


そう思いながら口を開く。


「あたしは、莉人くんが好きだよ」

「……っ」


眉根を寄せて泣きそうな顔をする莉人くんに小さく笑って見せた。


今笑って見せないとあたしはきっと泣いてしまうから。


莉人くんの泣きそうな顔なんて見たくない。


だから、あたしが笑うから、莉人くんも笑ってよ――…。


「……俺でいいの…?」


心配そうに、不安そうに聞いてくる莉人くんにあたしは笑うだけ。


あたしはこれから今よりもっと莉人くんを傷付けてしまうと思うから。


何も言えない。笑顔でいることしか出来ない。


あたしが泣いてしまえばきっと、莉人くんまで泣いちゃうと思うから……。


「莉人くんが好き、大好き」

「……俺も誰より凌ちゃんが好きだ」

「ありがとう……だけど、ごめんなさい…」

「……っ…やっぱり、な」


莉人くんの言葉に今度はあたしが目を丸くさせる番。


何、どういう事…?


やっぱりって何? あたしの言いたいことが分かってるの……?


莉人くんをジッと見つめるあたしに莉人くんが悲しく笑う。


「言ったろ、凌ちゃんの考えくらい分かるって…」

「……!」


あたしがソファーで蹲ってた時のことだ。


確かに莉人くんは言った。


だけど……どうして分かっちゃうの……。


こんな事、分かってても言いたくないはずなのに……。


どうして、こんな時だけ素直に自分の気持ちを言っちゃうの…。


「莉人くんは…バカだよ……」

「ふっ、意外とそうかも?」

「どうして…っどうしてあたしに人見知りしないの……あたしに人見知りしてたら…自分の思ってる事言わなくてすむのに…っ…」


顔を顰めたあたしの頬に莉人くんの右手が触れる。


ゴツゴツとした大きな手。


あたしの大好きな、莉人くんの手。


この手の温かさに涙が溢れそうになった。


「俺は何度生まれ変わっても凌ちゃんを好きになるだろうな…」

「……っそんな事、言わないで……」


あたしなんかを好きにならないで…。もっと優しくて、莉人くんを、莉人くんだけを大切に出来る人を好きになって――……。


「……あたしの事なんてっ…忘れて…」


きっと"梅原凌"と言う存在が莉人くんを苦しめると思うから…。


だから、あたしを好きになった事も忘れていいんだよ…っ……。