その代わりに、何度も心の中でありがとうと呟く。


藤堂に代わり大粒の涙を流し始めた近藤は、何もかも関係なく陽を力強く抱きしめた。


「鷹尾君!本当にありがとう!ありがとう…!」


「苦しい。離せ」


陽が殺人犯として捕らえられたこと、全く心を許してくれなかったこと、またそんな陽を心から信用しなかったこと。


目の前で友を助けた事実が、全てをないがしろにさせる。


あまりに力強くて息がしづらいのに、不思議な感覚だった。


背中に回された太い手は、言葉よりもずっと感謝されていることが伝わってくる。


こんな風に人の温もりに触れた事は、遠い昔の記憶にしかない。


(お父さん、お母さん……か)


その記憶が、温かく自分を包み込んでくれたことを思い出させる。人の温もりとは、優しく温かいと。


「君のおかげで、平助は!ありがとう!」


少しだけ、昔のように人の感覚を思い出すのも…悪くはない。


「私の方こそ」


そう言った陽に、周りは目を見開いた。


(私を生かせ、理由もなく私に最善の道を与えてくれようとしたこと)


そんな奴らだからこそ、私は助けようと思えたのかもしれないと。


ーーーー


完全に殺せる。


浪人が刀を振りかざした瞬間、陽は目を覚まして男を睨みつけた。


一瞬男が動きを止めた瞬間に、陽は刀を奪い取り確実に心臓を刺し仕留めた。


陽の領域である速さでは、そうそう敵う者はいない。


返り血を至近距離で浴び、陽は頬に付着した血を手の甲で拭い辺りを見回した。


暗いが、どこか平屋の間ではないかと思える狭い場所だ。新撰組の連中の姿が見えない。