幕末の雪

ミツには井上という旦那がおり、自分が手を出していい身分で無い事は承知の上だ。


きっと誰よりもこの人を大切にしたいと思っているのは土方自身だと感づいてはいた。


もしかしたらミツも自分を好きのでは…と舞い上がれるほど、ミツの言動は思わせぶりなものが多かった。


試衛館道場に来た際に、自分に付きっきりな姿を見ると、他より土方が特別なのは誰からも一目瞭然。


ただ他も、旦那がいるし気のせいだろうと気にはしていなかった。


『今度、旦那さんを連れてくるわね』


『ああ…』


いつも通り縁側に腰掛け話をしていたが、ミツは切り出すように口にした。


土方がミツと初めて会話をしてから、もう三年が経っている。


ミツが土方のあっさりとした反応に驚いたのは、土方の想いを知っているからだった。


『何とも…思わないんだ……』


呟くように、俯きながらこぼす。


『何か言ったか?』


『ううん…!土方さんかっこいいから、あの人嫉妬しちゃうかもしれないね』


その笑顔が無理に作ったものだったことに土方は気づいたが、困ったように眉を下げて笑い返すだけだった。


(お前に“不倫した”なんて汚ねえモン背負わすわけにいかねぇだろ……)


それから数週間後、ミツは旦那を連れて試衛館を訪れた。


土方はミツとは目も合わせようとせず、ただ剣に打ち込んだ。まるで、ミツと初めて言葉を交わしたあの日以前のように……。


沖田を追いかけながら怒鳴り声を散らす土方の姿を、かなり後ろを歩く試衛館の門弟達は笑いながら見ていた。


そういえばいつから土方はミツが好きだったろうか……と、何人かが思い出す。