幕末の雪

ただ、一歩先に進むことはできないが。


嫌ってはいない。それでも、それ以上先の思いを抱けば、後戻りできないことはわかっていた。


『ふふ。それじゃあご飯食べに行きましょう?』


『いや…もう少しだけ、刀を振っていいか』


『さっきは行くって、言ったのに。変わった人』


また笑顔を見せたミツ。


沢山笑うやつ。土方にとってのミツはそんな人で、沖田と似てるなと思った。


また竹刀を手に取った土方を、ミツは楽しそうに微笑んだまま見ていた。


『土方さんが終えるまで、私もここで見てますね』


(変わった奴はお前の方だろ……)


ミツには見えないように、土方はそっと口元を緩ませた。


それから、土方もミツと沢山会話するようになった。


『ふん…ま、そこそこだな』


『土方さんたら酷い。せっかく初めて作ったお料理を試食させてあげたのに』


『だあっ、うるせぇ!俺は味に厳しいって言っただろ!』


『それでも石田散薬は苦いじゃない』


『あれは効能がだな……!』


土方が怒りながら楽しそうに話すのは、ミツだけで、ミツもあの日以来、道場に来ては殆(ほとん)ど土方に付きっきりだ。


昼餉は隣で食べ、味の話をしては沢山の笑いが生まれる。


稽古中も視線は土方へ向かい、空いた時間は常に決まった縁側に二人が隣り合わせに腰を下ろし駄弁っていた。


そこまでくれば、さすがに他も土方がミツに惚れていることには気づく。


だが当の本人である土方とミツ自身が気づいていないようで、誰も口にすることはなかった。


……正しく言えば、土方は気づかないようにしていた。