幕末の雪

「土方さん姉上が来たら頬ゆるゆるにして話すでしょ?(気持ち悪いぐらい)。でも今日、旦那さんも来てたせいで一言も姉上と喋らなかったんですよ」


(た…。)


土方が止めるより早く、沖田はべらべらと今日の出来事を話した。


「総司……」


俯きながら怒りを抑えるように発された声も、沖田は聞こえないふりで、更に花のような笑顔を咲かせた。


「それで姉上が好きなんですか?ー…って聞いたらずっとこれですよ」


「総司いぃぃ!!!」


顔を真っ赤にして土方が沖田に掴みかかろうとするが、沖田は避けると逃げるように走り出した。


「待ちやがれ!」


「嫌ですよぉーだ!姉上に旦那さんがいるからって僕を追いかけるのはやめてください」


「こんの……総司ー!!!!」


沖田の二人いる姉のうち、上の姉であるミツは沖田に似て綺麗な顔立ちの女性で、度々道場を訪れていた。


最初は、幼い(九歳の)沖田を試衛館に預けた申し訳なさと、心配性な性格での事だった。


だが、次第に試衛館の連中らとも仲良くなり、飯を作るためや、会話を楽しむためだけにも訪れるようになったのだ。


その中で沖田を除き、一番心を打ち解けさせたのは土方で、また土方の方も、ミツを気に入っていた。


男所帯の中にいれば、ミツは紅一点で男達の視線は自然と集まる。


それに加え、沖田に似た大きな目と白い肌。稀に見る美少女でもあり、何度か門弟達に言い寄られたこともある。


だが土方は例外だった。ひたすら竹刀を振り、ミツが来ようが来まいが、毎日同じことの繰り返しを続けた。


『土方さん、ですよね。ご飯できてますよ』


初めて二人が会話を交わしたのは、とある秋の事だった。


庭では秋茜が草の上に乗り、羽を休めていて、庭より奥に見える辺りの田も、全て黄金色の稲穂を実らせていた。


一人で稽古を続けていた土方は、ミツの声で手を止め竹刀を下ろした。